こんにちは。
実は昨日、会長のところへ遊びに行ってきました。
そしたら、
「なんでもいいから早く記事かいてくれるぅ〜。そうじゃないと、いつまでもX−1ブログでインタビューが一番うえにあって恥ずかちい〜。」
とか言ってました。
だったら自分で野球の総括を書けばいいじゃん。と思う今日このごろ、みなさまはいかがお過ごしでしょうか?
朝からすっきり晴れ渡った、台風一過のセブ島よりお送りいたします。
さて、前回ですね。
こんな感じで弾けてくれた会長。
あれで何にも覚えてない。ってのが素晴らしい。
なかでも、とりわけこの一枚!

いったい何のポーズなのか?
まったくわからない。
しかし、そこにはある意味 ≪神々しさ≫ を感じるのは僕だけでしょうか?
だってですよ。よく考えてみてください。
1) 素っ裸でこんなポーズをとるなんて普通の人間にはできません。
(ましてや後輩の経営するレストランで。)
2) そして本人は何をしたのかを覚えてない。
1)+2) で考え合わせてみれば結論として導かれるのは・・・
この時、彼には 笑いの神が降臨していたのでは?
だから自覚がない。
よってこのポーズを ≪神のポーズ≫ と名付けます。
今日はこの ≪神のポーズ≫ が有史以来どのように私たち人間と関わってきたかを検証します。
まずは エントリーナンバー1ばん。
作品タイトル:降臨

中国の深い山中に降臨した神を表現しました。
仙人をモチーフにしてことは、逆テーゼとして神は降りてくるものだけではなく、人間であっても修行によって神に近づくことが可能なのではないか?ということを現しています。
続きまして、エントリーナンバー2ばん。
作品タイトル:箱根彫刻の林美術館

神という概念をより日常に具現したものと言えます。完全なる存在は完全なる美しさの中に潜む。今日において ≪神のポーズ≫ が ≪考える人≫ や ≪ミロのヴィーナス≫ と同じように我々の中に浸透しているのは、この美術館の影響によるものが大きいと言えるでしょう。
エントリーナンバー3ばん。
作品タイトル:デッサン

神を一心にデッサンする学生たち。現在では小学校の図工の授業でさえ、この像の模写が義務付けられています。私も美術の教師によく言われました。「神を直視しろ。そうすれば表面だけでなく、その中に通う血や肉が見えてくる!」と。私はフクロが気になってしまい、それどころではありませんでした。
(学生たちがきちんと描いているのに注目)
エントリーナンバー4ばん。
作品タイトル:バカデミー賞

≪神のポーズ≫はしばしば権威の象徴として扱われます。エンターテイメントの世界でも例外ではありません。映画界最高の栄誉であるバカデミー賞はもともとが神に近づくためのステップであったという説もあります。

喜びの表情。
エントリーナンバー5ばん。
作品タイトル:ロルースロイス

世界最高の自動車を自ら名乗り、高級車の代名詞として世界中で半ば伝説視されるブランド「ロルースロイス」所有者を誇り高い気持ちにさせ、富と権力の象徴として光り輝くエンブレムに人々は憧れの念を禁じえません。
エントリーナンバー6ばん。
作品タイトル:日常に潜む神

携帯ストラップは、女子高生の間では、10本以上もの携帯ストラップを取り付けるのが流行っていて、ストラップの本数が本数だけに、重量も携帯電話本体より重くなっているそうです。神を日常に感じられる一品。秀逸です。
エントリーナンバー7ばん。
作品タイトル:カラテキッド

大ヒットしたあの映画の秘密は≪神のポーズ≫にありました。「ダニエルさん、カラテはここ(頭)だ。それと心。帯の色で戦うもんじゃない。」あの頃、だれもが真似をした「鶴のかまえ」のオリジナルがこのポーズだと言われています。
エントリーナンバー8ばん。
作品タイトル:世界記録

陸上競技のなかで最も美しいといわれる「走り幅跳び」
人間はどこまで遠く飛べるか。すなわち、どこまで神に近づけるか。そう考えれば着地の際に無意識にこのポーズをとってしまうのは必然と言えますね。
エントリーナンバー9ばん。
作品タイトル:最長不倒

まさに神への挑戦。
説明は不要ですね。(っていうかここまで書いてメンドくさくなった。)
がんばれ日の丸飛行隊。
あなたも日常に潜む≪神≫を見つけてみてください。
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